蓮の関係の

山内昌之「近代イスラームの挑戦」で、近代、エジプトへ行った日本の偉い人は、エジプトの畑が日本に似ると記してゐる、さうであるが、中尾佐助先生のナニをソレすると、違ふと思ふ。××みたいな奴だから、その辺の人が平気で屠畜するし、畑へまめに動物さん入りまくるし、麦はびしっと並んでないし。

 で、水生栽培植物なんてなぁ北アフリカはスルーだと思ふんだがと思ひながら、

 の、「地球の長い午後」の関係を読んでゐたら、スイレンは、どっかからエジプトへ傳播してきて、食はれたとあった。ほほお。

 てふかハエトリグサって。

 ロトパゴイの話が出るやつ。

また、旧約聖書に出てくる「百合(ハバッツェレトかショシャナーかその辺。一応「候補としてはハバッツェレト」らしい)」は中尾佐助説で"野の花(数種)"を指したらしい上、いはゆるユリがない、とか岩波訳旧約聖書説で、雅歌の、元来百合とかアネモネとか訳されてゐた「ショシャナー」は、「ハス、スイレン」の呼称としてさう訳すとかといふ、ユダヤ人てあまり植物に関心が無いですねー感がある。あのードゥーガル・ディクソンの「アフターマン」に、ウォーターホーンヘッドと言ふのが出てくるけども、雅歌では「蓮の野」に羚羊が草をはむと歌はれる。

広告を非表示にする