カルチャー体系

 映像研には手を出すな!5   大童澄瞳

ウサギは無視する。

 タヌキは、わざをきあるいは、ざっくり藝能の神らしいのだが、

それは「他抜き」であるらしい。ふうん。

 少なくとも本書内で登場する特に必然性のない、近所のもふもふが、2020年までは少なくとも作者へ何かを提供してゐる。まだアニメ化だ乃木坂46の人主演でドラマだか実写映画化だの企画がなかったころ、単行本が本屋さんで平積であった。

 柳田國男がなんかやった、「ダンザ」と呼ばれる狸あるいは地名と、隠れ里(ここの団三郎さんは、金の粒の蒐集系と木工系いはゆる椀貸渕と呼ばれるもの)に関するいろいろが、何か日本の四隅になんか存在するといふのの、何某かのフォーマットが断絶の形で、『たぬきのエルドラド』になんか、厳密には

浅草みどりが伊賀の財宝を探すと、タヌキがもふもふする所に「田園調布に家が建つ」程の小判があったが、と言ふのをインスパイア源にアニメを造るといふ流れに、なんかが、えー。多分あるでいいと思ふのだが。

 隠れ里の傳承は、メディアが言ひ傳へられる際に狸型のなんかになるなんかがあるでいいらしい。

 さう言ふなんかで、『たぬきの~』では、知的生命体としてのタヌキ型のアレと、ヒューマノイドがゐて、どうのとなる筈で良いらしい。

 たぬたぬしてしまったが、

 どっちかと言へば、芝浜高校のアニメ研のそれが、おぉさう言へば、いろいろあってNHKの2020年に、然るべき時間帯が、『キングダム』が放送できなくなった代りに、『未来少年コナン』が放送されてゐる!!その「批評の対象としてのガンドレス」だの何だの、どっかで見たやうな顔の皆さんだの、が来るのだが。

 そのアニ研の人がわれらが金森さんへコラボレーションを依頼する。

 映像研を「社会に強いメッセージを届けられる作品を」造ると批評するアニ研の鈴木さんは、それを忌避しそれは「マーケティングか作品論か」と問ふ金森氏へ 「その二つは同じ」  といふ。  金森さんは「客はいつだって内容を誤解する」からメッセージは無くてよいとし、

「道っぱたから大根が生えることに意味はない」

ソレに感動する人から見学料を取るアコギな商売(主語が見つからない)と評するが、

それへ鈴木さんが金森Pの説く

「映像研は道っぱたのダイコン」

を詩人と評価する。

 『大工調べ』(落語の)で有名な『そのマチェットを強く握れ!』には開墾といふテーマがあったが制作中に忘れ去られた、などの浅草監督の苦悩を汲んだ上で売らんとする金森さんのアレとか、夏服はいいなぁとか、大根は栽培植物だよとか、ちなみにあぁ水田で大根を根っことするアブラナ科の花が咲いてゐるとか、おいといて。

 秋津島の、雑草になんかを見る万葉の頃からのアレとか栽培植物などの栽培に関する文化のデフォとしてのアグリカルチャーとか、が体系化されてゐるのである。

   釣り研の人が上映会に出てゐる。