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カルトあれこれ

 カルト と言ふ語はCULTivate(耕す)からは来たらしい。
 文化人類学の関係では大昔は「鍛冶屋さん教」が普通だったらしい。

 私はど素人なので、全然わからないのだが、なんか遥かなる太古当時は「幸せになる」ものが現在から見れば近所にあったので、
お芋さんを植えたり、麦を植えたり、で収穫したりする時点で、この上なく幸福になりはしたらしい。

 で、その他もろもろいろいろあった果てに、宗教は複雑怪奇になるわけであるが、えーと。

宮台眞司(『制服少女たちの選択』「古代帝國軍」は勘弁してほしいなあ)先生によると 現代の宗教系には、
・個別的問題設定 「とりあへづ私は何をすればいいんですか?」に答へるもの。と
・縮約的問題設定 「私は世界のどこにゐて、でどういふことをしたらいいか」に答へるもの
 と言ふ素材があって、どっちかから発生し、伝道その他の過程でどっちかを巻き込んで成立してゐるさうな。 

 ソレを享けた岡田斗司夫先生(『東大オタク学講座』)が、その宗教区分をゲームにパラフレーズし、
ホストに個別的問題設定を持つものをフィール系(ぷよぷよ 東方projectなど)
ホストに 縮約的問題設定を持つものをソウル系(ドラゴンクエスト ファイナルファンタジーなど)
 といふ区分を提唱してゐる。

 それでだ。普通 宗教は東方projectのZUN大宮司が、シューティングゲームを造りながら、その裏の設定を執拗に拵へるやうに、
個別的問題設定から縮約的問題設定をやるはづで、岡田先生がフィール系の例として挙げた「いいからこのツボ売ってみなさいよ」と言ふ宗教は、
ちゃんとした世界観が存在し、教義が単純にせよあるキリスト教で、単純に「それだけ」は、一応ないっちゃない。

 マルチ商法 と言ふものが存在し、これは
「世の中にはチャンスが存在し 成功した人はそれを取ったために今の地位を得た」
といふ「教義」を持つ と大月隆寛著「若気の至り」に書いてあった。
 多分これは「フィール系宗教」でいいと思ふ。

大月氏が「マルチ系」と同系とする「リクルート」への批判を岡田斗司夫御大がしてゐる。「あそこだけ儲けてる」と言ふものであるけども 。

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