ロジック

 ブックオフ行って、「百物語」(森鴎外)の書評でちょっと笑ってゐたが、 おおさうぢゃ 石川淳と言ったら その

「言う は現代仮名遣いではワア五段活用ださうである 五十音表にワア行なんて馬鹿なものがあるか 歴史的仮名遣では 言ふはハ行音で一発だ」

と言ふの合理性と論理性を高らかにうたひあげるやつの原典を探さうと思ってゐたのであった。その割にこずくがない。

葦津珍彦とかの本では、明治期の偉いジャパニーズとかがアジア人に対して言ふ際は「漢文」で「アジアの同胞よ!」とか言ってゐたさうで、つまり元々アジア共通語があったわけであるが、まあ日本人の劣等感がひり出した とか言へるわけでもあるが、その新字新仮名がいかにアジアへ強制されたかをさらす「大東亜共栄圏と日本語」では、新字新仮名の成立時、学者先生方からぼろくそ言はれたとか、「正字正かなを教える国」「両方教える国」「新字新仮名だけ教える国」と、強制する国に区別があったらしいとかの、コモンランゲージとしての自覚があったんかー!な事実がえらいことでてくる上、けっこうほっこりまったりあったかぽかぽかな「先生と生徒」の関係も延々、学校は、一種のアジールで、まあ普通に「日本軍の蛮行を糾弾する できる」所だったらしくて、さう言ふ普通の糾弾が普通にされたのと同様に、「生徒の人が娼館で先生のような人を見かけたので、糾弾した」とか、ギャンブルで儲けた中学生(十九歳)がアイス飼って先生へおごったとか さう言ふのも併録であった。

 

 ヴェトナムでのデモがー あああああ てふか「漢字文化圏としての韓国が襲われている」とか言ってなかったかっ

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